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本当に服が好きな人の為のブログ

服についてつらつら思った事を書いていきます。服に興味がある人から同じアパレル業界で働く人までお役に立てれていれば幸いです。

理屈のある服装

理屈とは物の道理を作ることを言う。

服においていえば、

何故この服にこれを合わせたのか具体性を持たせるために重要な事である。

理屈がなければ、はずしという名前のアイテムの放り込みをセンスでするか、何も遊べない知識で凝り固まった服装になるかのどちらかになる。

要はコーデを遊べないのだ。

そして遊ぶなら屁理屈でもいいから物の道理を結んだ方が絶対によい。

その方が何故このようになったのか、自分の服装について説明が出来るからだ。

説明する機会があるのかは別の話だが、中身のない服装は面白味に欠ける事は言うまでもだろう。

よく出す例だか、リーバイスの501とレッドウィングは俗にゆうワーク(労働)をルーツにもったアイテムであり、同じ米国で産まれたアイテムであり、同じ無骨で男らしい見た目をしたアイテムである。(アイリッシュセッターが元々ハンティングとか言い出すと長くなるので割愛)

これだけ合わせられる理屈があって、合わないわけがない。

間違いないがないから歴史にそってみんなが合わせる。

皆が合わせるくらい間違いがないから定番になる。

書いていて改めて思うが物事は何だかんだ繋がっているものだ。

理屈というのはセンスにも知識にも発揮することができる。

そして、言うまでもないことだか知識とセンスがなければまともな道筋を作ることは出来ない。

知識とセンスと理屈が三つとも合わさらないと洒落た見た目にならないと思う由縁である。