読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本当に服が好きな人の為のブログ

服についてつらつら思った事を書いていきます。服に興味がある人から同じアパレル業界で働く人までお役に立てれていれば幸いです。

知識だけでセンスは補えないということ

喋るデニム的コーデ術

センスを磨くには知識をつけるのは特効薬

前にこのようなことを記しました。

しかし当たり前の事ですが、それが全てではありません。

知識はセンスをよりすばらしいものにできますが、

センス=知識

は成り立たないからです。

知識だけを求めたセンスは頭でっかち他なりません。

自分の小さな身の回りの知識だけで固めた

~でなければならない

という考え方は典型的ですね。

服は簡単に変えることが出来るものですから、柔軟であるほうがいいに決まってます。

勿論、自分の拘りがあるというのは大事な事だと思いますが、知識に頼りすぎると、

これはこうじゃないとおかしい

と異常なほどに極端な人がまれにいます。

リーバイスの501を履くときはレッドウィングアイリッシュセッターしか許さない

チェスターコートはフォーマルの外套にも着るものだから、中のシャツは180度くらい襟が開いたカッタウェイの高番手ブロードシャツじゃないとおかしい。

間違ってはないんですが、幅は広く持ってこそ、考え方やセンスは広がるという物です。

話を戻しますが、

センス=知識が成り立たない理由は簡単です。

知識をつけることにより、センスのある人間と同じ事は出来ますが、知識をつけた状態であるからこそ生まれるセンスがあるからです。

知っているからこそ出来ることが増えます。

1つ成長しているのだから、センスの幅は広がるに決まっているのです。

そしてセンスのいい人はそこからまた何か新しいものを生み出すのです。

いつまでも追い付かないような気がします。

しかし、知識がついた分考えられることが昔よりさらに増えたはずです。

自分なりのオリジナリティというのも昔のような勘ではなくある程度論理的に組めるようになっているはずです。

試行錯誤は大切な過程です。

繰り返しているといつのまにか自分のセンスが回りで評判になり、自分のセンスを目指してくれる人が出てきます。

勿論センスとは曖昧な感性である分これが全てではありませんが、

私が大切にしていることの1つです。