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本当に服が好きな人の為のブログ

服についてつらつら思った事を書いていきます。服に興味がある人から同じアパレル業界で働く人までお役に立てれていれば幸いです。

【まずは読んで頂きたい記事】服が好きな人の為のコーデの論理

服が好きな人の為のシリーズ 喋るデニム的コーデ術

スタイリングを組む方法というのは、人の数だけ存在するかと思います。

感性や感覚というかなり抽象的な要素が多く、その上その抽象的なやんわりとした所が決して疎かにすることが出来ない大切な部分をになっているからです。

それ故、自分のスタイリングを組むとき、どうすればいいか迷ってしまうという方も多いということは、

今更改めて言うまでもないかと思います。

選択肢が多いと逆に迷ってしまうのは人間なら致し方ないことです。

 

ではどうすれば良いのか、その解決策を考えなくてはいけません。

 

他の方のブログを見ていると、

服に興味を持ち始めた若い方に向けて、論理的にどのような品を選ぶのが良いのか、どうコーデを組めばいいのかを伝える内容のものはあるのですが、

 

それをすでに理解した方に向けて、

詰まる所アパレル業界に携わるようなもう少し上級者に向けてという記事はあまり見当たりませんでした。

 

どれだけ服について調べ、数々の洋服を合わせてみても

いくら色んな洋服に携わり、人と違うレベルにたどり着いていたとしても

 

コーデに迷うときは迷います!

こんな記事を書こうとしている私も同様です。

 

なので今回は私がスタイリングを組むときの

基盤

としているものをまとめて、お伝えしていこうと思います。

私では役不足であることは承知しておりますが、自分の服をコーディネートするとき、又相手、お客様の洋服を決める時、参考にして頂ければ幸いです。

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スタイリングの基盤について

いわゆる理念のようなものです。 基盤があるという事は何かコンセプトのようなものを作り、その考えに沿ってコーデを組んでいくことになります。

仕事をするうえでもこういう筋道がなければ、何が完成かどこを目指しているのか途中でわからなくなりますよね。 服も同じです。

内容を具体的にいいますと

  • 知識

  • センス

  • 理屈

各目的に合わせ、これらの三つをうまく融合する事がお洒落である。

と定義しています。

私が今後何かスタイリングの提案をするのであれば基本的に上記の内容に沿ったうえでのものをご提案します。 なので、本当に自分のベースに当たるものです。

詳しく説明していきます。

知識

これら三つの中で一番大切な核の部分です。 ここでいう知識とは服についての知識はもちろん、テイストや歴史、今までの経験や一般の常識なども含みます。 服に限らず何かをするうえで間違いなく必要な部分で、なんだかんだ無意識で今までの経験を経た知識を使い物事を考えてしまうものです。

極論を言ってしまえば、

「服は着るものである」

「服を沢山着れば寒さを防ぐことが出来る」

という当たり前の事も、知らなければ実践する事はできません。

こんな事も知らないという人、今時いないですよね。

なので私たちは無意識でわからないなりに今までに得た知識や経験を思い出し、それを使い、スタイリングを組んでいるという事になります。

知識の無いセンスは苦し悩んだ結果できる確信のない直感でしかなく、

知識が無ければ理屈をたて、筋道を作る事も出来ません。

服装とはいくつかの服の組み合わせで出来ているため、知らずともセンスだけで粋なスタイリングを組むことが出来ることはあると思いますが、

それは知識をもち意図的に理由をもって組めるに越したことはありません。

知識なんて使わず自己流で合わせると言うのは、言い方を変えれば学ぶ事を理屈をつけてやめた、

ただの怠慢である事は間違いないでしょう。

異性にモテる為など、自分の身なりを整えるために使うのであれば、それはそれで目的が達成されているので、問題ないと思いますが、

服が好きで服に携わっているのであれば、そこの境地で満足してほしくないというふうに思います。

満足するにはまだ早すぎます。

服に対する知識は深ければ深いほど、服装についてより多くの幅を得ることが出来ます。 より深い知識を持っている人程、

「服に詳しいカリスマ的存在」

になることは言うまでもありません。

服について説明する必要のある立場のアパレル関係の人間ならば余計にです。

突き詰めようと思えばいくらでも突き詰められるだけに私も含め日々慢心せずに精進しなければいけません。

センス

センスはスタイリングの中で大切な要素であることは間違いない事実です。

感性や感覚などが抽象的ものが根幹を担う為、文字で論理的に解説するのは中々難しい部分だったりもします。

服について知ることは大切ですが詰め込んだ知識だけでスタイリングを組んでも、中々上手くはいきません。

知識だけに片寄ったスタイリングをすると、学んだテイスト通り格好、

所謂自分のセンスや考えを捨てた、コスプレに近いコーデになりやすい傾向にあります。

センスのない理屈は言うまでもありませんね。 誰にも理解されない、只の屁理屈や偏屈と思われてしまうことでしょう。

私はコスプレ的服装は好きなので、決して否定するつもりはありませんが、敢えてそうするのと、凝り固まった考えをもち、それしか出来ないのでは意味合いが変わってきます。

決まりきった服装をするよりも自分なりに崩せたり、遊べたりする方が楽しいに決まってますからね。 ルールを簡単に破る事ができるのもファッションの大きな醍醐味です。

身に付けた服についての知識やコーデの方法を使いこなし、その上で自分のセンスで遊び崩す。

勿論、ルールに沿った格好もまた一興です。

ファッションは楽しまないと勿体ないですからね。 そういう遊び心は大切ですし、そういったものがまた小粋に見えるのです。

理屈

スタイリングをするとき

「何故この服にこのパンツを合わせたのか。」

と物事を道理で結ぶことは大切です。

これが出来ているのと出来ていないのとでは大きな違いがあり、

出来るようになると、服装に意味を持たせることが出来るようになります。

何となく合いそうだからではなく、何故合うと思ったのかまで考えこむ。

人に説明することの出来るレベルが個人的には理想です。

他の人に教える立場にある人間であれば余計にですね。

意味の感じられない服装は見ていて面白みに掛けてしまいますし、

人に説明出来ないような適当に組んだ服装がお洒落なのかどうかは甚だ疑問に思ってしまうからです。

意味をもった服装を理解してくれる人は内容が細かくに成る程、減っていきます。

なのでどうしても、受け入れてくれる層は少なくなり、自己満足の部分も増えてくると思います。

服に限らず、趣味は極めるとそうなってくるものですが、

ファッションについてより深く考え、極めようとするのであれば、必要不可欠な事です。

勿論人に見られるモノなので、TPOに合わせて、変える事が前提なのも忘れてはいけません。

まとめ

まだまだ書き足りない所もありますが、

ざっくりまとめると

蓄えた知識を理屈で組み立てセンスで崩そう 基本的にはこんな感じです。

勿論、細かく砕くと、使う知識を選ぶのにもセンスと理屈は必要です。 他もしかりですね。

かなり長文になり申し訳ないですが、服について考える際、是非とも行かして実践して頂ければ幸いです。

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服を知ってもらう

服が好きな人の為のシリーズ

興味のない他の趣味に興味を持ってもらう事はとても難しい事です。

車を只の移動手段と捉えてる人に高級な外車について語っても、そっぽ向かれるのと同じで、

服に興味がない人へ、服について何か語っても基本流されます。

それは仕方のない事であり、ある意味当然の事です。

私にも興味の無いジャンルの趣味もありますし、言ってしまえば好きな服というカテゴリーの中でも興味のある物ない物が存在します。

それを言葉の力で価値観を変える事はとても難しい。

私ができるようになりたいと思う一つの目標です。

服は人として生活していく為の必需品ではありますが、ある一定のところから単なる趣味に変わります。

特にドメやインポート等の高額な洋服というのはその類に入る事は間違いありません。

元々これらの服は、服が好きな人の為だけの狭い範囲を想像した商売です。

広く人に受け入れられる、興味を持ってもらえるようになるというのは、中々道が険しいことでしょう。

話が変な方向に言ってしまいました。

本題です。

近頃ファッションユーチューバ―を始め、服に興味を持ち始めた若い方に向けてコーデの方法等を紹介する内容の動画やブログが増えてきたように感じます。

お洒落はどうやってすればいいのかを一から順番に語っていく。

そういう動画やブログというのも良いなと、むしろ今まであまりそういうものがなかったことにも驚きを感じます。

目から鱗です。

その時ふと感じた事ですが、こういった服に興味を持ち始めた人に向けてのものは合っても、

次のもっとコアな人に向けての内容のものはあまり作られていないように見受けられました。(合ってもショップブログとか。)

なので個人的にそういうものが合っても良いのではと思った次第です。

私では役不足かもしれませんが、

また気が向いたら書いてみようと思います。

冬といえばコーデュロイ

コーデュロイ

冬を代表する生地の1つであり、寒い季節でも快適に過ごせるような保温性と生地表面の畝が特徴的です。

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こんな感じ

ヘリテージで昔ながらのクラシックな見た目をしており、それに加えてどこか粗野な雰囲気があります。

凸凹とした独特な質感をしていますが、特に珍しい素材というわけではなく、ファストから大手メゾンブランドまで色んな業態で見ることができる定番的な生地です。

冬のベーシックな素材という位置付けで世間に浸透している事もあり、

恐らく既にワードロープの1つに入っているという方も多いのではないでしょうか。

寒い季節にはそれに合わせた温かみのある素材を合わせた方が当然ながらこなれて見えます。

その時期特有の季節感が出ますからね。

その分他の季節では使う事が出来ず、それに伴い着用できる期間も減ってしまうのですが、

通年使える生地でオシャレをするには限界があり、

またオシャレをする上で通年使える生地しか使わないという縛りをする必要性は全く無いため、

季節感を出すことが出来る素材やアイテムと言うのはオシャレになるためには避けて通ることはできません。

日本の四季を楽しむこともまた大切な事です。

少し話がそれたので元に戻します。

しかし冬の定番であるこのコーデュロイ生地。

手入れが意外とめんどくさいのです。

手をかけないと摩擦や圧力で生地の表面がねてしまい、変なムラや光沢がすぐに出てしまいます。

端から見て明らかなほどみすぼらしく変化するので、手が抜けないところです。

生地の畝も見慣れているとはいえ、他と比べやはり異質であると言わざる終えず、

オシャレようの服として扱うには

豆に手入れの出来る人、

つまり服に時間を割くことをいとわない人でないと扱いきれないので、

上級者向けの品であるといえるでしょう。

色々ハードルを上げましたが、

上手く使いこなすとコーデュロイ独特の雰囲気が出て本当にかっこいいので、是非是非、挑戦して頂きたく思います。

オシャレの感覚のズレ

最近思うこと

私は学生時代、大手アパレル量販店で働いていました。

なぜそこを選んだのかというと

田舎で生まれただけに回りにオシャレなショップというのは少なく、さらに残念な事にその大手量販店しか学生のバイトを募集していませんでした。

どうせ働くなら、やってみたい事をしようと思っていた私にとってその店は、

そこを選んだというより、そこしか選択肢がなかった

といった方が正しいのですが、

まぁなんやかんや履歴書を書き面接をし、晴れてアパレルのショップ店員となることができました。

田舎の店となると来るのは勿論、地元の方ばかり

来店して頂ける方はオシャレに関してはよくわからない、または興味がないというかたが多く、

今も変わりはしませんが、全くの素人で何も知らない当時の私でもなんとかお客様に何かを教え、接客することが出来ておりました。

私が何も知らない事が幸いし当時は余り苦もなく過ごせておりましたが、

服について知れば知るほど、知った知識を真似し武装するようになり、いつの間にか服を知らない人、興味を持ち始めた人との目線が合わなくなっていました。

自分が勝手に良いと思い、

彼らがまだ興味のない知識や抵抗のある着こなしばかり提案していたからです。

服に限らずですが、基本的に物事は突き詰めれば突き詰めるほどそれが良いと理解してくれる人が減っていきます。

何故ならそもそも知っている人の数が少なくなっていくからです。

ごくわすがの人間にしか理解してもらえない物をオシャレだからと進めても、例え善意であっても受け入れては貰えません。

言葉に書いてみると当然の事のように見えますが、

当たり前に気づく事は言葉以上に難しく、

私も含め、そこの目線が上手く合わせられていない店員は多く見受けられます。

何とかしないといけない問題の1つだと思っております。

外国人の服装はすごい 2

日本人は浴衣や着物、中国はチャイナドレスというように、誠に勝手ながらその国といえばこの服装というようなイメージが私にはある。

今時そんな姿をする人は当然いるはずもなく、何となく私の中で描いていたイメージと現実が違い、勝手にがっかりすることがしばしばあるということは

相手からするとどうでも良いことであるということは間違いない。

むしろ勝手に期待され勝手に落胆されてるわけで、少し迷惑な話である事は分かってはいるが

誰かこの気持ちを理解してくれる人はいないものだろうか。

そんなこんな勝手に抱いていた妄想をことごとく打ち崩されながら人生を歩んで来たわけだか

しかしまあ世の中は広いものでイメージ通りの服装を実際にされている方もいらっしゃるということを知った。

例えば

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このような方たち。

宗教関連については触れるべきではないと思っているのでなにも言わないが、

初めてお会いしたときは、テレビなどで見る姿そのままなことに少し驚いたものだった。

イメージ通りの姿をしていたら、それはそれで少し気持ちが高まるもの。

10代のある日の思い出である。

予め言うが、失礼極まりないことは承知している。

こんな話を急に書きたくなったのは勿論理由がある。

つい最近黒い布に顔を包んだ彼女らにあることを聞かれたからだ。

「こんな服ありますか?」

彼女が差し出すケータイを見てみると問われている服の画像が表示されていた。

f:id:dellp:20161103161954j:plain (画像はイメージです)

「この人がこれ着るのか!!?」←心の叫び

改めて申すが、この文が失礼極まりないことは承知している。

別に彼女らが黒い布の下に何を着ているかなどそこまで気にしていなかったし、そもそも深く考えた事もなかったのだが。

あまりにも想定外な品を指され、不意をつかれてしまった。

別に何を着ても問題ないわけだし、服屋であるぶんそこは寛容でいたいと思っているのだが、

勝手なイメージというのは改めて怖いものだと感じた一日だった。

服飾専門学校の生徒

最近思うこと

服飾の学校で本格的に服について学ぶ若者たち

服が好きで服に人生携わる気がなければ到底通おうとは思わないものだと思っておりますが、実際の所どうなのでしょうか。

前にも少し書きましたが、服飾学校に通う生徒達でもファストで自分の着る服を探す時代。

その結果ドメやインポートをあまり知らない人というのも多くなっているのは間違いありません。

高い服を若者が買うことは実家がお金持ちなどではない限り難しく、無理をしなければ買うことができない事は今も昔も変わらない事だと思いますが、

本当に若い人でドメやインポートが好きだという人は少ないなと感じます。

見に来るだけであっても稀ですね。

これは実際働いていて感じる事です。

服飾学校を経て、目指す仕事というのは基本アパレル系の仕事。その中でもデザイナーやバイヤーなどこの業界の花形にあたる仕事を夢見るかたというのは多いと思います。

どちらも、今ある服を知らないとつとまらない仕事です。

特にドメブラの服をというのは、

同じく服飾専門学校を通った後、自分の会社を立ち上げ、デザイナーとしての夢を叶えた、所謂業界の先人達の服です。

日本で生まれ服関係の職につこうとしておいてこれ等を見ないというの少々もったいない。

もしも自分がブランドを立ち上げれば、それもドメブラの仲間入りをするわけですしね。

興味があるかどうかや買うかどうかは置いておいて、試しにでも見てみるだけの価値はあるのではないでしょうか。

安価な服ばかりをみて育つ次の世代のデザイナーが制作する洋服にその時代ならではの期待もありますが、それと同じくらいの不安も感じます。

服屋の人間も、そりゃ売れてくれた方が嬉しい事は間違いないのですが、気持ちを伝えれば別に見に来るだけでも嫌な顔をする人は少ないと思います。

嫌そうな顔をしていたらもう行かなければ良いだけです笑

まぁなんやかんや書きましたが、

若い人にもっとよい服をみてほしいと思うのは、

切実な気持ちです。

服飾専門学校生

最近思うこと

服飾を学んでいる若者をみて、大変だなと思う反面羨ましく思う気持ちがあります。

隣の芝が青く見えているだけかもしれませんが、服について学びにいくのが楽しそうに見えるんですね。

学生時代、学校に行くのが億劫で堪らなかったのに今になってそう思うというかたは私意外の方でも多いのではないでしょうか?

昔の記憶というのは、辛かった事も含め、綺麗に見えるものです。

生活をしていて思うことですが、

服屋で働き、服に触れ、服について調べる日常を送っているとどうしても自分で作って見たいと思ったり、自分でデザインを作って見たいという欲が沸いてきます。

自分で仕立てた物を着てみたくなるんですよね。

突拍子もない事をいきなり言ってますがいつかはやってみたいものです。

改めて、アントワープは夢ですね。